SANDII’S SLICE OF LIFETIME

SANDII’S SLICE OF LIFETIME

気まぐれな伝記です。

アーティストとして長い期間、魂(ソウル)の赴くままに表現の世界を歩んできたサンディーの人生のスライスを毎回1枚お届けしようという、ちょっと変わった伝記です。
おっとりとしているが熱情の人、一見気まぐれで実はとても一途、サンディーにはそんなギャップがあるようです。歩んできた道も猫の目のように変化の連続だったサンディーの人生。それを本人の日々のインスピレーションをもとに辿っていきます。だから、生い立ちから始まる普通の伝記とは違います。テーマは毎回変わり、サンディーがそのときどき心を注いでいることや、昔の一枚の写真、作ってきた音楽、そんなところから湧き水のように溢れ出る思い出を語ります。

サンディーのおしゃべりをこたつで向かい合って聞かせてもらうような“のほほん気分”で、お茶でも淹れてリラックスしながら楽しんでくださいね。

——
最近、なにか楽しいことはありましたか?
Sandii
楽しいというか懐かしいというか、いま『ストーンズ展(Exhibitionism‐ザ・ローリング・ストーンズ展)』をやっているでしょう? この間テレビのお仕事でそれの告知とかで呼ばれていったら、Char(チャー)さん、鮎川誠さんとかピーター・バラカンさんとか懐かしい知り合いに出会って思い出話ができて楽しかった。私もカメラの前で一緒にレッド・カーペット歩いちゃった。このイヴェントは作詞やら日記やら昔のノートとか、使っていたストーヴとか、ともかくすごく貴重なものがいっぱい見れて面白いからみんなも見てね〜
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好評につき開催期間が6月まで延長だそうですね。それにしても、このところベテランの訃報が続いていますが、ストーンズのメンバーはみんな死なないというか丈夫ですね。
Sandii
“健康で何より”とかじゃなく、死なないで丈夫(笑)。でもまあ、彼らはきっととてもヘルス・コンシャスというか、気を配っていると思いますよ。体型見ていてもわかるもの。あんな歳とは思えない
——
チャーリー・ワッツなんてもう80近いですものね。
Sandii
80! ……そうか、そのイヴェントの宣伝要員で呼ばれるっていうことは、私もそういう“化石系”の一角に入ってきたのかな…。でもまあ、私ももう折り返しはとっくに過ぎたけど、110まで生きるって決めたからヨロシク!
——
ザッツ・ザ・スピリット!ですね。ところで今回からサンディーさんに、そのときどきのお題と共に思い出話を伺っていきたいのですが、なるべく気負わずゆる〜く、毎回トリヴィアな事を出発点にしていきたいと思います。
Sandii
はい。なんでもお任せします(笑)
——
いい意味でテキトーに、という感じで(笑)。では今回、まずは、1980年作成のプロフィールにちょっと気になる特技が書いてあったので、そこから始めましょう。サンディーさんはアニマル・コミュニケーション※1ができるんですか?
Sandii
できる……ような気がするというか(笑)。動物の顔を見て、その子がこういうことを考えている、というのは割とはっきりしたイメージで伝わってくるの
——
イメージ…。たしかに動物にテレパシー能力があったら、そんな形でダイレクトに視覚イメージで意思を伝えそうですね。
Sandii
言葉にならない意志がヴィジュアルの形で見えるというかね。動物たちが言葉じゃない形でパッと一瞬で気持ちを伝えるのと、動作に迷いがないのは関係ある気がする。猫なんか見てると瞬間移動したとしか思えない動きをするでしょう? いまここに居たと思ったらもうテーブルの上でグルーミングしてる。何秒間かタイムスリップしたの?って(笑)。
——
行動に迷いがないから素早いんでしょうか。
Sandii
あそこに飛び移る。それができるかできないかじゃなくて、飛び移ることしか考えていない。決めた瞬間、目標に100パー(%)入り込んでいる
——
ほうほう。
Sandii
そういう彼ら動物たちの姿から私も自分の心への素直な入り込み方勉強したのね。歌う時も前もって『ああいうふうに歌いたい』とか盛り上げ方とか段取りなんかを考えると雑念が入ってうまくいかない。でもゼロにすると本来の自分がすっと出てきてうまくいく。だってね、英語の『NOW』と『HERE』をくっつけると「NOWHERE」=『どこでもない』になるでしょ? これは『今』『ここ』に心を置けば『無い場所にさえ行ける』っていうことなんじゃない?
——
だんだん話が難しくなってきました(笑)。
Sandii
難しくないんだって! じゃあこういう話があるの。ハーブ・オオタ※2さんっていうウクレレの名手の方の指がね、すごく柔らかいの。あんな何十年もトップ・プロとして楽器を弾いてきたのに、『どうしてなの?』って聞いたら、『うーん…Let Me Think』なんてしば〜らく考えちゃった後に『そう。弾く瞬間に(弦を)押さえればいいんだよ』って。ご自分でも意識しないで自然体でやっていたのね
——
その例えはわかるような気がします。さっきの猫の話と同じで、演奏に100%入り込めば、力まなくても正しい動きを本能が導いてくれるみたいなことですか。
Sandii
オオタさんは『リズムの芯に入れば力はいらないでしょ? スポーツ、武道だって同じことよ』って。細野(晴臣)さんもおんなじで、あんな上手いベーシストなのに指がふにゃふにゃして柔らかい、力を込めないでリズムのドツボにハマるから
——
へえ、そうなんですか。細野さんの指が。それはさすがに知りませんでした。
Sandii
何を弾いてもリズムの芯に入れるからタコとかできないんじゃない? 生理的にシックリくる音しかプレイできない細胞を持った人なんじゃないかなって思うことがよくありました。そもそも細野さん『間違える』っていう言葉を使わないし。
——
それは「全ての行動には肯定的な意味がある」というようなことですか?
Sandii
昔から『間違えなんていうものはない』っていう考えの人なのね。それに関係するけど、わたし、細野さんのドラムが世界で一番歌が歌いやすい。ツボを知っている天才だと思う。
——
細野さんドラムでサンディーさん歌? そんな共演ありましたっけ?
Sandii
ハワイで夕焼け楽団のレコーディングがあった時にウチのドラマーがピクニック行ってて不在で(笑)、その時にたまたまトラヴィス・フラートンっていう有名なドラマーがスタジオに居て、何曲か叩いてくれた後にそのセットが置いてあったの。それを細野さんが叩いてくれたら、それが本当に私をグルーヴしてくれたというか、ベースと同じで極まったツボに入るというか、こうしたい、ああしたいって思った瞬間にタイミング違わず入ってくる感じ。それはも〜う気持ちよくてたまりませんでした!」※3
——
それは細野さんのドラム・ソロを聴きたくなりますね。では、初回の今日はその細野さんがプロデュースした『イーティン・プレジャー』の思い出を伺いましょうか。このあいだいろんな写真が出てきたことでもありますし。
(アルバム・ジャケット撮影時のフォト・セッションを見ながら)
Sandii
なにこれ? 私見たことない……あ! 思い出した
——
40年くらい前ですから時間かかりましたね(笑)。時は1980年。サンディーさんのロック・シンガーとしての初ソロ・アルバムですよ。この時はどんな感じで始まったんですか?
Sandii
心構えとしては、細野さんを信じて身を任せていた。『こういう風にやってほしい』っていうのをぜんぶ、私というフィルターが受けて、それを通してそのまま表現した感じ。あの時、細野さんは私を自分が作り出したい世界の素材として奏でてくれたんじゃないかな
——
具体的にはどんなオーダーがあったんですか?
Sandii
たとえば“歌い上げ禁止令”とかありましたね。『歌っちゃダメなんだよ』と言われた時にはびっくりした。よく聞けば『今までつけてきたシンガーの筋肉を全部落としてほしい』っていうことだったんだけど
——
それでこのアルバムではちょっと変わった唱法というか、朗々と歌っていない曲が多いんですね。
Sandii
一種のリセットよね。私はそれまで歌手として歌謡祭でグランプリとか、大きな映画の主題歌を歌って売り出される、みたいな。なんて言うかな…
——
70年代はかなり王道的なキャリアを歩まれてきましたよね。※4、
Sandii
歌い方も正統的に豊かな声量を出してっていう唱法を使っていたのが、このレコーディングでは忘れてフレッシュな新生サンディー像を作ろうとしたと思う
——
ここにジャケット写真用フォト・セッションのいろんなテイクがありますが、ジャケットもすごいですよね。色っぽいというか不思議なキャベツ衣装で。緑の色味が上品でステキです。
Sandii
キャベツ・ドレスは細野さんの考えた“メタ人間”というコンセプトに合わせたのかな…。それがどういうことなのか、私はいまだによくわからなかったりする(笑)。でも音楽的にはすごく冒険がいっぱいで楽しかった
——
では音楽の話は後半でじっくり伺うことにして、まずは2種類存在するジャケットから行きましょうか。なんで2タイプあるんですか?
Sandii
最初はキャベツの衣装でやって、その後にレオタードのも撮ったの。発売元のアルファ・レコードは2万枚売れたらジャケットを変えるっていう慣習があって、結構すぐに2万枚行っちゃった。それでレオタードの方を使った新たなセッションをやったんだと思う
——
最初のキャベツ・ヴァージョンの方はYMO関連を多く手がけたデザイナーの奥村靫正さん。カメラマンは女性グラヴィアの第一人者・小暮徹さん。錚々たる顔ぶれですね。
Sandii
あと、メイクの野村真一さん。小暮さんとコンビで有名誌のグラヴィアを総ナメした売れっ子。つり目にするために髪の毛を引っ張っている
——
どういう撮影コンセプトだったんでしょうね?
Sandii
髪は真っ黒でしょう? 顔は東洋、体は西洋的グラマラスみたいな雰囲気を出したかったみたい。髪のてっぺんを引っ張っている手があるから、一番上の部分が写真に写っていない。
——
あ、なるほど。ジャケットのも含めてみんな頭頂部が見切れてますね。それに顔立ちが、言われてみるとつり目気味だ。この写真とか見ると誰かの手がサンディーさんの頭頂部を…。
Sandii
撮影中に目が吊れていて結構辛かった(笑)。カメラマンかアート・ディレクターから『生意気なこと言うと食べちゃうぞ!』みたいな感じで、と言われたのを憶えている
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ああ、写真だとちょっと女王様的なオーラが出てますね。
Sandii
本人はぜんぜんそんなじゃないのにね(笑)。あと、このキャベツ衣装はチュチュだったのよ。全身写真がないけど
——
もう一つのヴァージョンは、体にぴったりのレオタードで。
Sandii
アルファのADの方が『ドカーンと素直にセクシーなきれいなものでやりたい。ピンナップじゃなくて、竹やぶから出てきた未来型のアイドル』と。それでレオタード姿を用意したのね。
——
「竹やぶから」っていうのはかぐや姫的なイメージですかね。
Sandii
最後に月に帰っちゃうのは宇宙人ぽいよね。たぶんそういうジャパネスク感とスーパー・ガールというかワンダー・ウーマン※5みたいな強いヒロインを掛け合わせたイメージなのかな。おかしいのは、これのために作ったのがなんと、輪ゴム色っていうか、まあ、明るいベージュ色ですね。その色の生ゴム・ベルトでバックルにピンクで“SANDII”っていうロゴが入ってるの。それがプロモ・キットだった(笑)
——
アートなのか、妖しいセクシー趣味なのか(笑)。両方なんでしょうか。
Sandii
あ、これなんかは宇宙人ぽい雰囲気を出すためか、ピル(錠剤)をお箸で食べている。これは“イーティン・プレジャー(食べる楽しみ)”というテーマから来てるんでしょうね。なにせメタ人間だから(笑)。でもこれは結局ジャケットにならなかった『これじゃ売れない』って
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そのボツになったのがこれですね。

(アルバムの話・後半に続く)

  1. アニマル・コミュニケーション
    動物と心の会話ができる、という能力。それを行うメディウム(媒介)的な人をアニマル・コミュニケーターと称し、離れた場所や死後の世界に居る動物ともコミュニケーションができるとされる。
  2. ハーブ・オオタ
    “ウクレレの神様”とまで称される、日系二世のミュージシャン。1934年生まれ。自身の作品とともに数多くのアーティストの作品にも参加。ウクレレ・ミュージックの普及やアマ/プロ・プレイヤー育成にも寄与している。
  3. ハワイで夕焼け楽団のレコーディング
    1977年『ディキシー・フィーバー』レコーディング時のエピソード。トラヴィス・フラートンは同アルバムで多くの曲に参加したアメリカのミュージシャンで、60年代からクイック・シルヴァー、ジョン・レノンといったアーティストと共演している。
  4. サンディーの王道的なキャリア
    『イーティン・プレジャー』以前で言えば、1976年に世界歌謡祭でグランプリと最優秀歌唱賞(グッドバイ・モーニング(Goodbye Morning))。1978年にイギリス映画『ナイル殺人事件』が日本公開された際にオリジナル主題歌「ミステリー・ナイル」が大ヒット。77年から始まったTVアニメ『ルパン3世』(第2シリーズ)のエンディング・テーマとして歌った「ラヴ・スコール」(1979)もシングルとして発売されている。
  5. ワンダー・ウーマン
    米国のマーベル・コミックで描かれた、女人の戦士の国から現代世界に出てきた美女。ハリウッドで何度も実写映画化されている大人気キャラクター。
イラスト:田丸浩史
田山三樹 (ライター/編集)

編著に『NICE AGE YMOとその時代 1978-1984』(シンコーミュージック・エンターテイメント)、編集担当コミック単行本に『マリアナ伝説』(ゆうきまさみ・田丸浩史/共作)『ディア・ダイアリー』(多田由美)など。サンディーが80年代中頃まで在籍したアルファ・レコードについての読み物『アルファの宴』を『レコード・コレクターズ』誌で連載していた。