SANDII’S SLICE OF LIFETIME

SANDII’S SLICE OF LIFETIME

気まぐれな伝記です。

アーティストとして長い期間、魂(ソウル)の赴くままに表現の世界を歩んできたサンディーの人生のスライスを毎回1枚お届けしようという、ちょっと変わった伝記です。
おっとりとしているが熱情の人、一見気まぐれで実はとても一途、サンディーにはそんなギャップがあるようです。歩んできた道も猫の目のように変化の連続だったサンディーの人生。それを本人の日々のインスピレーションをもとに辿っていきます。だから、生い立ちから始まる普通の伝記とは違います。テーマは毎回変わり、サンディーがそのときどき心を注いでいることや、昔の一枚の写真、作ってきた音楽、そんなところから湧き水のように溢れ出る思い出を語ります。

サンディーのおしゃべりをこたつで向かい合って聞かせてもらうような“のほほん気分”で、お茶でも淹れてリラックスしながら楽しんでくださいね。

血、血が…‼︎

Sandii
よい…しょ…っと(椅子に座る)。
——
ど、どうしました?
Sandii
ここは病院?(笑)
——
えっ?
Sandii
だってお医者さんの問診みたいに訊くから(笑)。
——
いや、いつもと違って明らかに動作がカクカクしていてしんどそうなんで、つい。
Sandii
えーとね、昨日あそこの(と言って外を指さす)駐車場で転んじゃったの。それで手首と膝が…。
——
昨日!それじゃあ、まだきついですよね。なんでまた…。
Sandii
駐車場を通ってここに戻るときにね。道に戻るところに段差があるんだけど、たまたま考え事していて自動運転…いや自動歩行できなかった。平らなところを歩いているつもりでその段差でつまづいてガーンて膝打って、もう痛くて痛くて瞼の裏に鳥が鳴き星が瞬く世界がうわーって広がって(笑)。折れてないという実感はあったんだけどね、どうしても立てない。
——
結局どうしたんですか?
Sandii
しばらくへたり込んでから周りの手をお借りして起き上がってね、とりあえずレッスンの時間だったので…。
——
え?病院とか行かなくてよかったんですか?
Sandii
なんかアドレナリンが出てたのかな。その時には特に痛みも感じなくて、「さあレッスン始めるぞ」としか思ってなかったね。普通に階段上がってレッスンして、それで終わって1階まで降りてきてスタッフ・ルームで足にかけていた布を外したら周りから「膝が…血!血!」って言われて見てみたら自分でも「ギャー‼︎」みたいな(笑)。
——
すごいですねえ。女性は痛みに強いとは言いますが。
Sandii
私も普段は痛がりなんだけど、教えている時は忘れるのよ。そういう時は天から麻酔が降りてくるんじゃない?「まだ働けよ」って(笑)。
——
—サンディーさんに与えた使命を果たさせるために神がドーピングを(笑)。取材の初っ端からびっくりしましたよ…じゃあ今回のつかみはこんなところで。
Sandii
受けを狙ってこんなことしませんって。漫才コンビですかい(笑)。
——
いやあシリアスになるのが苦手なんでちゃらけてしまってすみません(笑)。でも真面目な話ですが、怪我って休息を促すようなところがありますよね。どんな忙しい立場の人でもさすがに骨でも折れば周りも「まあしゃあないか」ってあきらめるでしょうし。
Sandii
そういえば昔、細野さんも突然骨折したらしいよね。
——
あ、私もそういう話を『THE ENDLESS TALKING』っていうインタビュー本で読んだことあります。※1細野さんがFOE(Friends Of Earth)というプロジェクトをやっていたときのエピソードで、ミックス・ダウンに出かけるときに大雪で滑って転んで骨折してしまったという。86年くらいに。

左がオリジナル版。現在は右の文庫版が流通しているようだ。
Sandii
私が聞いたのがまさにその時の話なのかはわからないんだけれど、冬の朝ですって。
——
ああ、季節は合いますね。
Sandii
私は、細野さんからじゃなくて…浜口茂外也さんっていう音楽家がいらっしゃるでしょう?
——
ええ。有名なパーカッション奏者の。細野さんとも何度も仕事されてますよね。
Sandii
そうそう。お父様が高名な作曲家の浜口庫之助さんの。でね、ある日の冬の朝にその茂外也さんの奥さんが自宅マンションのベランダから下を見たら地面に人が横になっているんで驚いて「あなた!下で誰か倒れてるわよ!」って茂外也さんを呼んで。
——
あ、そんなことが。
Sandii
それで茂外也さんが様子を見に行ったら、確かに人が倒れていてね。でもその道は別に裏道とかじゃなくてけっこう学生とかが通ってる道なんだけど誰も助けないんですって。女の子が「あっおじさんが倒れている」とかって言うんだけど本人に声もかけない。
——
ううむ。
Sandii
それで茂外也さんが「大丈夫ですか?」って声をかけたら、なんと細野さんだったんだって(笑)。
——
おお!それは浜口さんもびっくりされたでしょうね。まさかこんなところに細野さんが…。
Sandii
倒れてるなんてね。それで結局「細野さん大丈夫ですか?こんなところでどうしちゃったんです?」って言っておんぶして病院まで連れて行ったそうなの。
——
それはすごい話ですね。偶然知り合いのミュージシャンが助けたっていうのもそうだし、奥さんが偶然ベランダからその姿を見たっていうのも。
Sandii
そうよね。
——
それで、さっき本で読んだ話に戻りますと、結局その足の骨折によって細野さんはYMOの後も周りからあれこれ仕事が殺到して働き詰めだったのが、やっとまとまった休息を取れることになったそうなんです。
Sandii
そうか。昨日の私と正反対だわね。私もこけて骨折まで行けば休めたのか(笑)。でも別にいまそんなに休みたくないしな、やりたいことが多すぎて。
——
サンディーさんとお話しをすると「いつでも夢を」っていう言葉が浮かびますよ。常に表現したいアートの次のプランのことをウットリと夢見ごごちな感じで語ってくださるので、聞いているとこっちもふわっとしてきます。
Sandii
ウットリとって(笑)。そうなのかな。でも年齢が行くと、昔のようには体が戻らないっていうのは本当ね。特に関節の摩滅っていうのはパーツがすり減ったまま持ち越されるんで、どんどん劣化していくらしいね。実は私も股関節の手術をしていて、自分の太腿骨の中にチタンの杭が入っているんです。
——
そうなんですか?側から見る限りでは普通に動作していらっしゃいますよね。
Sandii
それはなんとかね。でもそうやって処置して、軟骨を作った部分は10年持つけどそれ以上はその人の使い方次第なのね。酷使しすぎると中のシリコンか何かが摩耗しちゃうらしい。それでも私もダンサーとして筋肉を落とすわけにはいかないので、その部分は体と相談しながらの戦いになっていくわけでね。
——
そうか。筋肉部分はトレーニングで強化できますもんね。それに確かに歳が行けば行くほど経験値やスキルが上がって頭は研ぎ澄まされるんで、後は肉体的にそれをどこまで実践できるかっていう。
Sandii
そうそう!若い時の体力はなくても創造的な部分のイマジネーションは歳とともに豊かになっているからね。気力と体力は一体だっていうけれど、どっちかが落ちたらもう片方が上がるっていうか、落ちた方を補うためにより発達するっていう気もする。だから私もコレオグラファーとして、肉体か技かどっちかは残ると思って。欲張りだから(笑)。
——
逆に今のこの知識、経験、心のコントロール力を持って若返れればすごいのに、なんて思っちゃいますよね。
Sandii
そうかもしれないけどそうもいかないしねー(笑)。それに歳を重ねると自我の余計な部分は消滅して、やりたいことに対してピュアになっていくんじゃないかしら。だから精神的に痛い思いを体験することでエネルギー体として磨かれて、かえっていろいろな思いは強まっていくという気もします…なんて、実は自分もトシで枯れてきただけだったりして(笑)。本人は張り切ってるんだけれどね。
——
サンディーさんにトシを感じたことないですが…。むしろ最近のほうが目標が定まってきて「あれもこれもやりたいこといっぱいある〜!」っていう新しいエネルギーが出て若返ってきたような?
Sandii
「いっぱいある〜!」って、その言い方だと若返るっていうより幼児化みたい(笑)。でもね、私の信じるところでは、喜びも痛みも含めて、人間フィジカルな体験をするために肉体を持つことを選んでこの世に出てきているわけだからって思うし。
——
人間は純粋な精神だけの存在じゃないから限りがあって、「将来」とか「残り時間は」とか考えるんですものね。
Sandii
滅びる肉体を持っているから努力するわけだよね。もし永遠に死なないってわかってたらなんにもしないかも。
——
確かにもし100万年生きられるってなったら、実際何にもしないですよね。特に表現活動なんてしんどいことはしないような。
Sandii
面白いね、その考え。作家が締め切りなかったら原稿書かない、みたいな。
——
ああ!そんな感じです。

ボウイと。

Sandii
そういえば以前、デヴィッド・ボウイもそういうタイム・リミット的なことを言っていたな。
——
ボウイには「タイム」なんていう曲もありますしね。代表曲の一つの「ファイブ・イヤーズ」も地球があと5年で無くなるとしたらみんなどうする?って問いかけてくるようなところがあるし。
Sandii
彼も「まだ早い!」っていうタイミングで逝ってしまわれたけれど、最後の作品やボウイ展なんかを見て改めて振り返ってみて、自分の死さえアーティスティックに残したいというすごい創造的欲望を感じたなあ。He is not an artist. He is an artって思いました。
——
アートを創る人が、最後に自分の存在そのものをアート化したんですね。それで、ボウイはサンディーさんにどんなことを言っておられたんですか?
Sandii
あれは83年かな?どこかのクラブでボウイと話をしていて。

1983年シリアス・ムーンライト・ツアー中。東京・原宿のピテカントロプス・エレクトスにてデヴィッド・ボウイと
——
『レッツ・ダンス』のツアーの頃ですかね。
Sandii
そうそう!来日していて。その頃にはサンセッツでボウイと一緒にツアーをやるっていう話があったり、お付き合いがあったのよ。
——
ほうほう。
Sandii
それでその頃に私に映画出演の話がありまして。オーストラリアのプロデューサーの方から。
——
オーストラリアと言えば、当時サンセッツがヒットを飛ばして大人気でしたものね。その関係ですかね。
Sandii
それが主演はパット・ベネター※2の映画で、その時に見た台本だと、彼女はニューヨークのオフィスで働いているんだけれど実はその前世が日本人だったという設定で、私の役は前世で関わりのあったシーンに登場する日本人という役なの。
——
そういう映画があったかどうかも知りませんけれど、なんか奇想天外そうな。
Sandii
実際に作られたかどうか私もわからないけれど、まあそんなお話をいただいたのでボウイにそのときに受けるべきかを相談したのね。私それまで役者なんてやったこともなかったしプロのアクターでもないのにいいのかなって悩んでしまって。
——
ボウイは何かアドバイスしてくれたんですか?
Sandii
うん。「サンディー、僕をよく見なさい。君はいま僕という人間に対して君という役を演じているんだよ。たとえばお母さんの前ではいくつになっても娘の役を自然に演じているだろう?人生は相手ある限り全て演技なんだ。だからそれをどれだけ頭の中で意識してクラリファイ(はっきりと示す)できるかは、君の持つ光とエネルギーにかかっているんだ。そういうことをちゃんと意識して演技すると、その人の個性はだんだんと輝いてくるよ。何を悩むことがあるんだ」って。
——
ははあ。アドバイスというよりボウイ自身の人生に対する姿勢のような感じもしますね。
Sandii
そんな感じもするし、考えてみれば歌ってみんなそうだよね。3分間の映画を歌うことで表現しているようなものだし。相手とどのくらい真剣にその時間を共有してクリエイトするかっていう。
——
たしかに、歌も映画も根本のところは同じだと思えれば異ジャンルへの挑戦も気が楽になりますよね。
Sandii
そうでしょ?それで娘と母という例え話が出たから聞いてみたの。「ボウイも今でもお母さんのところに行くの?」って。そうしたらMothers will always be mothersって。
——
ははあ。それはBoys will be boys的な意味で。
Sandii
そう。「母は僕がこんなに大きくなっても子供の時と同じように叱るんだよ。『あなたいつまでそんなことやってるの?いったいいくつになったらまともな職に就くの?』って。考えてみてくれよ。僕はもうデヴィッド・ボウイなんだよ?」ってユーモラスに憤慨していたわ。
——
伝記とか読むとあそこの親子関係は複雑だったらしいですからね。精神的な病人だったというお兄さんのことについても相当悩んでいたらしいですし。
Sandii
そう、その反面、狂気への憧れみたいなものはあったと思う。だからそっちへ惹かれながらも絶対に取り込まれないスーパー・バランサーだったんじゃないかしら、彼は。しっかりとしたアンカーを自分の中に持っていたと言う気がする。自分の外にカメラがあって常に外側から自分自身を見ていたんじゃないかな。

ボウイの遺作となった『ブラック・スター(☆)』(2016)。26枚目のオリジナル・スタジオ・アルバムで、過激なアヴァンギャルド性と高いアート感覚が共鳴する傑作と評価されている。

サンディーの新作アルバム!

Sandii
そういえばね、今アルバムを作っているの。去年の9月くらいから話を始めて。
——
おっ!それは素晴らしい。純粋なソロは『HULA DUB(フラ・ダブ)』(2018)以来ですかね。どのくらい進んでいるんですか?
Sandii
オリジナル、カバー含めて4曲くらい録ってみたけど…どうかな。内容はまた変わっていくかもしれないし。それで今回はケイ中山さんが全面的に関わってくださってるんで、歌に専念できて助かってます。
——
録音したのはどんな曲なんですか?
Sandii
今のところは、以前にやった曲のセルフ・カバーで「ラヴ・スコール」。これをラヴァーズ・アレンジでやり直してみたんです。ほかにもカバー、オリジナルをいくつか。

ルパン三世’79 / ラヴ・スコール
サンディーはサンドラ・ホーン名義で歌っている。「ラヴ・スコール」はアニメのEDテーマ曲で峰不二子のテーマ。
——
TVアニメの『ルパン三世』第2シリーズのエンディング曲ですね。サンディーさんの甘い歌声がぴったりのロマンチックな曲で、いまYouTubeで再評価されていろいろな人が作ったファン動画が上がってますよ。
Sandii
そうなの?
——
ファンの方々が思い思いに映像をつけて流していますから、時間があったらご覧になってみてください。その新バージョンが発表されたらまたネット上でも反響を生みそうですね。他の曲はどんな感じなんですか?
Sandii
全体的にはなんというか…私の言い方だとフューチャリスティック・トライバル・ミュージックになってるんですよ。どこかアンビエントというか。
——
それは楽しみですね。
Sandii
っていうか、まだ最終じゃないけれど聴いてみる?
(曲が流れる)
——
へえー!「ラヴ・スコール」がこんなディープに生まれ変わってるんですね。ラヴァーズでありダブでもあり的な不思議なブレンド具合。この浮遊感あるサウンドが新鮮です。
Sandii
中山さんとは以前も一緒にやっていて気心が知れているんだけれど、その後にフェイスブックで繋がってね。彼は最近は海外のレーベルで活躍されていて、私の海外のファン層も再開拓したいって言っていただいてるんです。
——
80年代から海外進出されていた形がまた本格的に始まるといいですね。
Sandii
それで他の大物ゲストの方も参加していただけて、いま喜びでフワーッとしながらすごく張り切っているんです。
——
サンディーさん、やっぱりウットリされてます。新しい夢で若返ってますよ(笑)。

(以下、次回へ)

  1. THE ENDLESS TALKING 北中正和・編。1992年発行。細野晴臣の作品を年代順に本人に言葉で解説していく長大なインタビュー集。書名は85年の細野のアルバム・タイトルを転用したものと思われる。本書発表時までの細野晴臣アルバム・ガイドとしても最も包括的なもの。
  2. パット・ベネター 1953年生まれ。『真夜中の恋人たち』(79年。原題:IN THE HEAT OF THE NIGHT)、『プレシャス・タイム』(81年)を始め、数々のヒット作を放ったアメリカの女性シンガー・ソングライター、ロック・ミュージシャン。今年(2022年)にはロックンロールの殿堂入りも予定されている。著書の中では自らをフェミニストと定義し、女性の権利や地位向上への意識も高い。
イラスト:田丸浩史
田山三樹 (ライター/編集)

編著に『NICE AGE YMOとその時代 1978-1984』(シンコーミュージック・エンターテイメント)、編集担当コミック単行本に『ディア・ダイアリー』(多田由美)など。最新編集担当本は『よりぬきヒロシさん 気まずいの以外全部出し』(田丸浩史)。サンディーが80年代中頃まで在籍したアルファ・レコードについての読み物『アルファの宴』を『レコード・コレクターズ』誌で連載していた。